待望のリコール

「どこの業者も、そうだよ。毎日貼り替えは、できないのさ。伯父さんの店も、同じだよ。だから、店内に入ってきたお客様には、きちんと説明しているし、ガラスにも書いてあるよ。
『店頭のビラでもなくなったものもあり、新しく出て、貼ってないのもあります』とね」
僕は、その実態を詳しく説明した。
店頭のビラを貼り替えるのは、手間のかかることなのだ。 物件のあるなしは毎日変わるし、空室を全部掲示するスペースもない。
他社物件も扱う。 自社物件の確認なら楽だが、他社物件を常に確認するのは難しい。
新しく掲示するにも、間取り図、賃貸条件を正確に書かねばならない。 きちんとして店頭に出すことは、一カ月やそこらは可能だが、そのうち出来なくなってくる。
それに、余り意味のないことに気づいてくる。 だから、どの店も一番良い方法ですましてしまう。
現在持っている空室をクラスごとに分類し、代表的な分類を掲示するのである。

「伯父さんは、商売柄いろいろ見ているよ。 だから、最初の物件は良いと思うねえ。 二階だから、女性は安心だろ。 陽当たりが良くて静かだし、欠点をひろえば、廊下の洗濯機ぐらいかな。 でもね、すべて希望通りというのは、どこにもないよ。 それと、時期がはずれているので尚ないし、もう終わりなのだよ。 あれだけでも、運が良いと思わないとね。 どこかで妥協しなくては、ダメね。 十万円以上出して、マンションでも選ぶというのなら、別だろうけど、価格と時期を考えれば、よく残っていたと思うよ。 立派なものじゃないか」
僕は、ゆっくり話しながら、mの同意を待った。

僕と二人きりで話すのは、初めてであったが、彼女は現代っ子である。
表情を変えず、僕に打ちとける風もなかった。
「だけど、静かすぎて、田舎と同じです。私、もう少し街の感じがいいです」
「自由で、いいじゃないか。前後左右にアパートがあるより、気楽だよ。たくさんあると、息苦しくなるよ」
「いいです。学生が多い方が、生活の感じがします」
考え方が違うようだ、と僕は思った。
「伯父さん、街の不動産屋さんに、とびこんでみたいです。何かあるかも知れないです」
「不動産屋といってもねえ。彼等はプロだから、良いのからどんどん決めていっているよ」
「伯父さんなら、見つけてくれるって、おじいさんが言っていました」
「おじいさんが、ねえ。困ったな。もう、時間が少ないよ。五時前に契約して、その契約に一時間かかるよ。今は、二時半だろ。一時間で、あちこち見て、探すことになるよ。 時間がないねえ。 せいぜい、一件か二件見るだけの時間だよ。 たとえば、良い物件を持っている店が見つかったとして、案内、内見、説明とくるだろ。 二時間はいるねえ。 それも、うまく物件があれば、の話だが」
「東京は、難しいですね。広いわりには、どこに何があるか、わからないです」
mは、泣きべそをかきはじめた。
「そう、巨大な街だけど、自分に合った家を探すのは、大変だな。 だからさ、あの室に決めようよ。 いったんあそこに入ってさ。 一年もして慣れたら、また探せばいいじゃないか。 あさってから入居じゃ、急ぎだよ、時間がないね」
mは、何とも言わず返事をしなかった。
案外、強情な娘だな、と僕は思った。
少なくとも、気楽な娘ではない。 芯が強いのだろう。

しばらく沈黙が続いた。 彼女の端正な顔立ちや、ほっそりした体形を見ていると、妹を思い出した。
妹の入学の時は、僕も貧乏生活で、何もしてやれなかった。 今も後悔している。
僕がもう少しましな男になっていたら、彼女は弁護士になっていたかも知れない。 僕は、この子の伯父なのだな、と一瞬思った。

伯父だから、もう少しやさしくする必要があるだろうか。
そう思うと、僕の口は、心と反対のことをしゃべっていた。
それも、自然に。
「はい、それでいいです」
mは、顔を上げ、きっぱり言った。

二人は、近くの喫茶店に入った。 これから短時間のうちにどうやって物件を探すか…という戦略と、付近の地理を読むためである。
二人は、コーヒーを飲みながら、杉並区の地図を広げた。 はじめてなので、地理に詳しくはなかったが、とりあえず、駅と学校の位置を調べた。
「いま見てきたのは、二つとも学校に近いな。 ちょっと、駅からは遠くなるか。 駅通学じゃないから、別にかまわないか?」
「できたら、駅の近くがいいです。 親戚が来たり、高校の友達が来たりするのに、便利ですから」
「それじゃ、こうしよう。 あの室は一応合格として、不動産屋で別のも見てみようよ。 別に良いのがあれば、考えるとして、なければ、あの部屋に決めるしかないだろう。 どう、それでいい?」
僕は、店のマスターを呼んで、聞いてみた。 情報は、地元の人がよく知っている。
「信用できる不動産屋さんですか?それなら、大手より地元の業者さんですね。 人口ですか?西荻窪より吉祥寺の方が、大きいですよ。 デパートもあるし、ビル街もあります」
「そうか、ありがとう。この辺は、全く不案内なものですから」
二人は、タクシーに乗り、吉祥寺駅で降りた。
駅前の不動産店を探した。 駅前で見渡すと、ビルが並んでいるわりには、不動産店は見当たらなかった。
賃貸とか、アパートとかの文字すら、見えなかった。 思えば、変な駅であった。
昔から駅前といえば、喫茶店があった。 その次に出たのが銀行、時代を変えて、今や不動産屋の時代である。
行きすぎた例として、サラ金が並んでいる。 どこかにあるだろう、と目を皿のようにして見渡したが、本当にどこにもなかった。
「大きな通りを歩いてみよう。 店は、目立つ所にあるものだよ」
商店街はきれいだったが、銀行、スーパー、デパートばかりで、昔の街を歩いているような気がした。
「伯父さんは、学生時代はどこにいたの?」
「新宿にいたよ。 柏木町といって、青梅街道沿いだった。 今は、ないけどね。 それから、東上線の常盤台。 小田急線にも、移ったな。 もう、三十年も前の話だよ」
僕は、もともと杉並区とは、縁がうすかった。
僕は、mを引き止め、ちょっと考えた。
「立地から言えば、店は駅の近くだな。 だとすると、脇の通りかガード下にありそうだ」
二人は、駅まで引き返し、横丁に入った。 空は少し暗くなり、小雨がパラついてきた。

「あっ、あった。 伯父さん、あそこにある」
ガード下の店舗は、アパマン専門らしかった。
店頭に、1Kの物件をたくさん貼っていた。 店の中には、社員が三人いて、机に座っていた。
僕は、自分の職業を告げないことにした。 業者だと名乗ると、手数料を半分とられるのを嫌って、断られるケースが多い。
向こうも商売で、一銭でも多く稼ごうとする。 だから、名乗るとしたら、僕は建築屋である。
幸い、僕は建築部門の会社も、持っている。
「ごめんください。 女の子用の室を探しているのですが、何かないでしょうか。 色々の事情で遅れまして、今日中に探して帰りたいのです」
「ご予算は、いくらぐらいです?」
「六万五千円をみていますけど、資料を見せていただけませんか」
近くにいた若い社員が、資料を三つほど持ってきた。
「少し、遅かったですね、今あるのは、貸マンションで七万円を超えます。 安いのは、とくに都心に出るのに、とても便利ですよ」
「そうですか。 いや、ありがとう。 他の物件も探しますから」
そそくさと引き揚げたが、思ったより物件はない様子であった。
「むこう側の店にも、入ってみよう」
次の店は、六人の社員がいて、女子社員が応対した。

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